摂食障害と蘭 Eating Disorder Ran

[摂食障害×世代間連鎖]「待つ」

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「待つ」

 父を憎む息子は、そんな自分を責めることはないだろう。ここが父と息子との関係と、母と娘との関係との、決定的な違いではないだろうか。母を憎むことは許されない、どんなことがあろうとも。母を憎むだけで、娘は自分を人非人のように恥じなければならない。なぜなら、母は抑圧者でありながら、犠牲者だからだ。佐野の本には、母に対する憎しみ以上に自分に対する譴責の声が満ちている。
「母を金で捨てた」老人ホームで、母は認知症になっていった。あんなに気が強くて、粗雑で、娘をほめたことがなく、「ごめんなさい、ありがとう」を言ったことのない母親が、呆けて「仏様のようになった」。幼い頃、つないだ手を振り払われて以来、けっしてつなごうとしなかった手を、佐野は初めて母とつなぐ。触れたくなかった母のからだに触り、母親のふとんに入って添い寝する。どれも、母が正気のときにはできなかったことばかりだ。
「私は正気の母さんを一度も好きじゃなかった」と佐野は言う。母が母でなくなって初めて、彼女は母と和解する。呆けた母の口から、「ごめんなさい、ありがとう」が出たとき、「五十年以上の年月、私を苦しめていた自責の念から解放された」「生きていてよかった」と佐野は号泣する。「私はゆるされた」と彼女は表現し、「私は母をゆるした」とは書かない。そのくらい、彼女の自責感は強かったのだろう。
生きてるうちに間に合ってよかった、と読者はほっとするだろうか。いや、人生はいつも「間に合って」なぞ、いない。母が母を降りたとき、娘はやっと娘であることから解放されたのだ。

引用:上野千鶴子著 『女ぎらい~日本のミソジニー~』

上記は上野千鶴子著『女ぎらい~日本のミソジニー~』の一文。佐野というのは絵本作家の佐野洋子さんのことで、佐野洋子著『シズコさん』という本(だったと思う)からの上野先生の考察である。
わたしは数年前、この文にガツンと心をえぐらて、ボコンと頭を打ち砕かれてしまった。‘図星’だと思った。わたしも、母に許してもらわなければ、やはりいつまでも納得がいかない。わたしが母を「許す」のではない。わたしは‘あの’母に「許され」たい。
20代の頃、わたしは母に何度も何度も真正面からぶつかっていったし、解決策を提案したり、冷静な話し合いの場を設けたこともあった。父のどうしようもなさと、それに迎合してしまう母をなんとかしてあげようと(おせっかいだったね)、必死なつもりでいたけれど、結局わたしが一番主張したかったことは「わたしはなんにも悪くない!」ということだったんだと思う。いつも理不尽に怒鳴られ、理不尽に殴られていたことを、「あなたはなにも悪くないよ、ごめんね」と母に一言でもそう言ってもらえていたら、わたしはまた少し違っていたかもしれない。

〈待つ〉ことはしかし、待っても待っても「応え」はなかったという記憶をたえず消去し続けることでしか維持できない。待ちおおした、待ちつくしたという想いをたえず放棄することなしに〈待つ〉ことはできない。河瀬直美の映画『沙羅双樹』(二〇〇三年)のなかの印象的な台詞をここで引けば、「忘れていいことと、忘れたらあかんことと、ほいから忘れなあかんこと」の整理をやっとの想いでつけながらしか、待つことはできない。待つことの甲斐のなさ、それを忘れたところでひとははじめて待つことができる。〈待つ〉ことにはだから、「忘却」が内包されていなければならない。〈待つ〉とは、その意味では、消す ことでもあるのだ。
抱きながら、消す。この振幅が、 じれ ったさということを〈待つ〉にもたらす。待ち遠しい、待ちこがれる、待ちわびる、待ちかねる、待ちあぐねる、待ちくたびれる、待ち明かす、待ちつくす・・・・・・と、このじれを表す言葉はくどくどしいほどある。
意のままにならないもの、偶然に翻弄されるもの、じぶんを超えたもの、じぶんの力ではどうにもならないもの、それに対してはただ受け身でいるしかないもの、いたずらに動くことなくただそこにじっとしているしかないもの。そういうものにふれてしまい、それでも「期待」や「希い」や「祈り」を込めなおし、幾度となくくりかえされるそれへの断念のなかでもそれを手放すことなくいること、おそらくはそこに、〈待つ〉ということがなりたつ。(中略) 〈待つ〉は、いまここでの解決を断念したひとに残された乏しい行為であるが、そこにこの世への信頼の最後のひとかけらがなければ、きっと、待つことすらできない。いや、待つなかでひとは、おそらくはそれより さらに追いつめられた場所に立つことになるだろう。何も希望しないことが人としての最後の希望となる、そういう地点まで。だから、何も希望しないという最後のこの希望がなければ待つことはあたわぬ、とこそ言うべきだろう。

引用:(鷲田清一著 「『待つ』ということ」)

そしてわたしは待っている。「許されること」を待っている。今はそれだけをただひたすら待っている。
「忘れていいことと、忘れたらあかんことと、ほいから忘れなあかんこと」だけをずーーーっと考えてわたしは生きてきたと、わたしは自分にハッキリと言える。悲しいかな、この作業だけに全力を尽くしてしまったわたしの三十数年だった。そしてこれからもずっとこの作業は続くだろう。こりゃあ、まともな職に就けるはずもなかろう、と多少は昔の自分を笑い飛ばせるようになった。臆病ゆえの失敗もたくさんしたし、悪いことも山ほどしたし、どうしようもない自分がほとほと嫌になったことしかなかったけれど、今は「これでよかったのだ」と諦念の涙を流しながらそう思える。両親からの「まともな」愛を諦めることでしか、わたしに助け舟はやって来なかった。でも 、わたしが こうしてキーボードをペチペチ叩いてるのを後ろから温かく見守ってくれるパートナーや、暖かい部屋でわたしの膝の上に寝ているこの黒い塊や(犬です)、ここで目にすることができる共感してくれる方がいてわたしは本当にラッキーだな、本当に本当に幸せだな、と今は心から思う。わたしがこうして「忘却」しながら〈待つ〉ことができるのは居場所をくれた蘭さんご夫婦やSNSのみなさん、わたしの周りの人、そして食べ物たちのおかげだ。本当に本当にありとあらゆるものに感謝したい。
そして、明日も振り子のように大きく揺れる感情と共にやってくる日常の不思議を、わたしはようやく〈待つ〉ことができるようになってきた気がする。

執筆者

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きぴ、女です。

摂食障害という「魔法の杖」をつきながら、18年が経ちました。10代から摂食障害になり、自己否定感と、劣等感と、それはそれは妙な自信とで生きていました。醜態恐怖症と薬物依存症もありましたが、日々、孤独に内省することで自ら克服しました。自己否定感と劣等感にも以前よりは苛まれなくなり、現在は随分生きやすくなりました。

どちらかというと孤独をすごく愛していますが、そう格好つけて言えるのは自分は孤独ではないからです。ここで、みなさんに出会えたのは摂食障害になったおかげだと思ってます。みなさんには本当に感謝しています。橋と地図と犬とひたすら何かを考えることが好きです。詳細はコチラ

最後に

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はじめまして。蘭と言います。

1983年生まれ、現在は旦那さんと娘と息子の4人家族で神戸に住んでいます。

その前までは、5年の過食嘔吐、嘔吐を辞めて完治するまで9年。全部で14年かけて摂食障害を克服しました。

おこがましいですが、その経験を活かし、渦中にいる方のお手伝いを旦那さんと2人でしています。

お手伝いと言っても、専門家や医師ではないので、カウンセリングや、診察など出来ませんが、その他の方法でいろいろやっています。つづきを読む。


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