摂食障害と蘭 Eating Disorder Ran

[摂食障害×世代間連鎖]おとうと

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おとうと

私の身近に、世代間連鎖で悩むもうひとりの人間がいる。それは、わたしの弟だ。
弟とわたしの考え方の違いは、わたしには「親をいつかは許したい」という気持ちが芽生えつつあるのに対し、弟には「彼らは憎むべき対象であり、頼むからポックリ死んでくれろ」という気持ちがある。

あとに生まれる「おとうと」というものは、いつか兄や姉を殺してやりたいと思うほど、いじめられたことを根に持つらしい。
正論で弟を論破し、相手の心をえぐり取る能力に長けていた姉のわたしは、弟の精神をズタボロに破壊する、といういじめ方で彼をいつもまいらせていた。わたしたち姉弟が仲良くなったのは、私が家を出てしばらく経ってから、弟も家を出た頃だった。
弟が思春期の頃の我が家は、暴力、流血、罵倒が絶え間なくあり、力こぶを持ち始めた弟が父に暴力を振るうようになった(わたしたち姉弟は父に何度も包丁を突きつけたし、何回か自殺未遂もしているので、今となっては死者が出なかったことに感謝せねば・・・)。毎回、父が被害者面で警察や救急車を呼ぶので、弟に毎度貼られる「どうしようもない息子」のレッテルは辛かったと思う。しかし、弟はわたしとは違い、出来がよく、正義感にも溢れ、誰からも信頼されるようなやつだった。わたしが社会的にあぶれたのに対し(社会性と協調性を上手く保てなかった)、弟はわたしとは正反対なのだ。前回、弟に会った時もすっかり大人の会話やあしらい方をマスター していて、 時々「デキる奴」みたいな表情を醸す弟を、わたしは逃すことなく横目でチラリと眺めていた。わたしのほうが強かったし、昔はあんなにイジメたのにな。今では「○○(弟の名前)くんの妹さん」とまわりの人はわたしをそう呼ぶ。面倒なので、もう訂正もしない。

そんな弟も‘子供を持つ’または‘親になる’ということには言い知れぬ恐怖があるらしい。モデルとする男性像が幼稚すぎたことで、父親像が不在に等しく、どうしても自分の考え方がまとまらずに偏ってしまうことや、現在の両親との関係にある不安を度々わたしに吐露してくれる。
弟が現在結婚を考えている女性に対し、いやに両親が優しいのは、その娘が高学歴で社会的地位が高く、‘イケてる女’だからであり、なおかつこの先の介護要員としても‘目をつけた’からだろう、と弟は言う。弟は「父」という人の何をどこまで受け継いでいいのか、度々わからなくなるようだった。「父を超える」とか世間ではよく言うけれど、「越える」に値さえしない「父」には、どう向き合えばいのかわからず、むしゃくしゃしてしまうような、そんなやりきれない気持ちなのだろうか?これは女の私には想像に余り有る。弟はこの際、相手の女性の家の婿になろうかとも考えているらしい。

あらゆる「面倒」を、両親は今でも弟に押し付けている。そして、弟もまた、その「面倒」を処理する能力があるのでやってのけてしまう。父はつけ上がりますます好き放題し、母は依存心が強くなり、息子に甘える。それがまた彼を恐ろしくさせ、彼は実家に近づかないようにするのだが、すると今度は罪悪感と戦うことになる。今でこそ、精神的に大人になり、見抜く力がついた姉弟はそれをあしらう事が可能にはなってきたが、両親(とくに父)は、わたしたちに罪悪感を感じさせるような態度を取るのがめっちゃくっちゃ上手い。もうプロフェッショナルの域なので、自分の正当性や憐れさを誇示するためなら、親戚やご近所さんや町中の人をも巻き込んだりする。そして、そ れにまんまと引っかかってくれる人も大勢いる。もう体力がなくなってきた父には、わたしたちに対してこれが暴力の代わりなのだろう。この、親とのうんざりする駆け引きに、わたしたちは何度心が引き裂かれたことか・・・・・・。考えると、泣けてくる。そして、恐ろしいことに弟には今でもこれがまだ身近にあるのだ。
これが、あの家の長男の苦悩なのだろうか、とわたしは弟のことを案じる。が、わたしでさえ、あの両親がこの先ボケて、こちらをじとーっと虚ろな目で見てきた時のことを想像すると恐ろしくなる。ましてや手のかかるボケ老人になろうものなら、わたしは弱くて小さい老人になってしまった親にでさえ暴力を振るわない、とは言い切れない。殺してしまう自分も、想像できる。いや、簡単に、想像できてしまう。そしてわたしはまた自分が恐ろしくなる。
わたしは「暴力を振るいたくないから親を許したい」のかな。それでは、何も許したことにはなっていないではないか、と自分にツッコんで、そしてまた今、途方に暮れてしまった。わたしはいつまでたっても許せないのかな。どうしてこんなに考えてしまうんだろう。悩み出すと胸が苦しくなってきて泣きたくなるから、グッとこらえる。「ゆるす」ってどういうことなのだろう?

執筆者

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きぴ、女です。

摂食障害という「魔法の杖」をつきながら、18年が経ちました。10代から摂食障害になり、自己否定感と、劣等感と、それはそれは妙な自信とで生きていました。醜態恐怖症と薬物依存症もありましたが、日々、孤独に内省することで自ら克服しました。自己否定感と劣等感にも以前よりは苛まれなくなり、現在は随分生きやすくなりました。

どちらかというと孤独をすごく愛していますが、そう格好つけて言えるのは自分は孤独ではないからです。ここで、みなさんに出会えたのは摂食障害になったおかげだと思ってます。みなさんには本当に感謝しています。橋と地図と犬とひたすら何かを考えることが好きです。詳細はコチラ

最後に

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はじめまして。蘭と言います。1983年生まれ、現在は旦那さんと娘と息子の4人家族で神戸に住んでいます。その前までは、5年の過食嘔吐、嘔吐を辞めて完治するまで9年。全部で14年かけて摂食障害を克服しました。このサイトでは、皆の摂食障害体験を共有するアンケート、摂食障害経験者によるコラム、自由に書き込める摂食障害のための掲示板を管理しています。