摂食障害と蘭 Eating Disorder Ran

[摂食障害×世代間連鎖]女ぎらい

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女ぎらい

わたしが今まで働いてきた数々の悪事を、自分なりに納得させてくれた本に上野千鶴子著「女ぎらい~ニッポンのミソジ二ー~」がある。

この本は、1997年に起きた東電OL殺人事件(被害者は拒食症)についてもミソジニー(女性嫌悪)を絡ませて触れているし、母と娘の関係に巣食うミソジニーや、「父の娘」として生きる娘のミソジニーなどを、ホモソーシャルから起こるミソジニー(女性嫌悪)、ホモフォビア(同性愛嫌悪)の概念から社会学として考察しているのは、圧倒させられるし、わかりやすいし、しっくりくる。この本は本当におもしろい。摂食障害というワードも結構出てくる。

わたしは父を侮蔑し、母を憎んだことで、どちらも駒のように動かしてやりたいという気持ちがあったと思う。しかし、父を満足させてあげられなかった罪悪感と、母を憎んでしまうことに自責の念も少なからずあったことも認める。

わたしはどこまでもあいつらの‘ムスメ’でしかない。どちらも嫌いだけれど、どちらにもわたしを愛してほしかった。普通以下でもいいから、たまにでもいいから、優しいまなざしでこちらを見つめて欲しかった。体裁ばかり気にしないで、もっとこの痩せた体を気にして欲しかった。出来が悪いわたしを、許して欲しかった。どうかどうかお酒を飲まないで欲しかった。

わたしは知人と一緒に夜の仕事を経営していて、今までのほとんどをそれで食べてきた。わたしを突き動かすのは憎しみだけだったけれど(裏返せばそれは散々乞うた愛なのだが)、憎しみによるわたしの行動で再び憎しみを誰もわたしに向けてこないのは(ゼロとは言わんが)、やはり社会に女ぎらいの面が余り有るからだろう。

わたしだけではない、そこにいた駒の女たちみーんなが、自分自身を嫌悪しているから 、わたしに対して憎しみが回ってこないのだ。価値を求めながら自己嫌悪する女の駒が、女に依存しなければスッキリできない男の駒を満足させるのを見つめ、それをケアすることで、わたしは父と母に許しを乞うていたのかもしれない。

わたしは結局どこまでも何からも逃れられていなかった、ということにようやく気付いた時、わたしの人生は序盤も終わりのほうの局面であった。局面が進むにつれ、だんだんやり直しが効かなくなってくる。思い描く理想的な陣形を組んだり、戦型を挑もうとして努力をしてもなかなかその様には指させては貰えない。毎回毎回その時のみの局面なのだ。

そういえば、今更ながらわたしもただの駒であった。それは父と母に動かしてもらっていた弱々しくたわいのない駒だった。

執筆者

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きぴ、女です。

摂食障害という「魔法の杖」をつきながら、18年が経ちました。10代から摂食障害になり、自己否定感と、劣等感と、それはそれは妙な自信とで生きていました。醜態恐怖症と薬物依存症もありましたが、日々、孤独に内省することで自ら克服しました。自己否定感と劣等感にも以前よりは苛まれなくなり、現在は随分生きやすくなりました。

どちらかというと孤独をすごく愛していますが、そう格好つけて言えるのは自分は孤独ではないからです。ここで、みなさんに出会えたのは摂食障害になったおかげだと思ってます。みなさんには本当に感謝しています。橋と地図と犬とひたすら何かを考えることが好きです。詳細はコチラ

最後に

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はじめまして。蘭と言います。1983年生まれ、現在は旦那さんと娘と息子の4人家族で神戸に住んでいます。その前までは、5年の過食嘔吐、嘔吐を辞めて完治するまで9年。全部で14年かけて摂食障害を克服しました。このサイトでは、皆の摂食障害体験を共有するアンケート、摂食障害経験者によるコラム、自由に書き込める摂食障害のための掲示板を管理しています。